書籍情報
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著者 | 郷原 信郎 |
| 価格 | 714 円 | |
| ISBN | 9784106101977 | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| 出版日 | 2007年1月16日 | |
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カスタマーレビュー (全 38 件 平均評価:
)
・法に滅ぼされる日本 評価:
日本は法治国家ではない、という仮説を数々の事件(パロマ、ライブドア、村上ファンド、建設談合)を基に検証していくという筋立ての書。
著者は、日本は欧米からのお仕着せによる立法が多いので、法と実態社会との乖離が大きいことを懸念されているようだが、現時点での実情はさらに悪化しているのではないだろうか?
ある米系ストラテジストは「日本は政策ミス3姉妹」だと言っていた。貸金業法改正、建築基準法改正、金融商品取引法改正のことだが、これらの法律がことごとくひどい内容なので、日本の実体経済にとんでもない悪影響をもたらした、、、、、これを嫌気した外人投資家が大挙日本株を売りぬいた、のだと言う。
このままわれわれ国民が、お国の言うことをうのみに「遵法」をしていたらば、国が滅ぼされてしまう矢も知れぬ、そんなことを考えさせる書であった。
・分かりやすい 評価:
第一人者がかいただけあり、分かりやすく、内容も深い。
最高です。
・コンプライアンス入門として好適な本 評価:
コンプライアンスを「社会的要請に応えることであって、法令遵守ではない」と言い切ってくれて、救われた気持ちがした。これ以外に「日本の法律家は農村社会の巫女のような存在」「独占禁止法と知的財産法はもともとぶつかり合う関係」など、わかりやすく断定してくれて、気持ちよく、興味が持続する内容だ。アメリカと日本における社会的要請の違いが、コンプライアンスの実態の違いになるという話を読んで、頭の中がすっきりした。
理科系出身で、いったん就職するも一念発起して退職し、司法試験の勉強をして検事になった著者である。簡潔で論理的、正義感と違和感のない常識が感じられる文章で、なによりも法律の専門家然とした感じがない。私は日本の裁判で繰り広げられる法律家同士の条文解釈論が嫌いでならないが、彼の文章を読んでいるとそんな法律家的な脳梗塞状態とはかけ離れたわかりやすさに安心する。
個人的にはコンプライアンスというのは製造業で日本に抜かされた欧米諸国が、製造業を逆手にとってその活動に規制をかけることで徴収する税金のようなもの。ISO9000、各種アセスメントに続く第三の罠に思えてならなかった。しかし本書を読むと、社会的な行動の基本原則を改めて確認するという基本動作であり、手続き的なものではないと言う精神がよくわかる。これをはき違えて、規則と書類の量が増えるような愚かな対処をしないようにと言う理解が必要と言うことだろう。
・日本の法治国家としての危うさを考えるための入門書 評価:
一般向けに書かれた入門書。日本が法治国家とは言いがたい状況であるという事実を歴史的背景や最近の報道を使って説明した本。事実関係や法律に詳しい人が書いた読むに値する本であるが、素人には難しすぎ、詳しい人には物足りずといった感もある。警察、裁判所、検察、中央官庁、マスコミを信頼している人にとっては必読。常識的な知識を得た上で世の中に疑問をもてる人にとっては物足りないと思う。
具体的な題材として挙げられているのは、談合、耐震偽装、ライブドア、村上ファンド、パロマあたり。特定の状況下では無責任な制度遵守よりは談合の方が国家の利益に資すること、耐震偽装の加害者の主役が実際は役所とマスコミであること、ライブドア事件や村上ファンド事件における加害者は検察とマスコミと裁判所であること、パロマの問題は対応のまずさであって法令違反ではないこと。そんなことが少しぼかして書いてある。真正面から問題の本質に切り込んだというほどの切れ味は無いが、法治国家としての日本の危うさを知るためには非常に有用な本であり、軽く読める形で出版されていることもあって、多くの人に読んでほしいと思える本である。ちなみに、著者は元検事である。元検事といっても大手マスコミに重宝されるような人ばかりではないということがわかり、そういう面では日本の司法に少し望みの持てる内容にもなっている。
本書の内容で残念なのは、「法の下の平等」や「ノーブレスオブリージュ」といった観点からの記述がほとんど無いこと。この視点こそが「表面的な法令遵守じゃダメだ」という主張の根幹をなすものだと思うんだけど、言うまでもないという考えなのか、わかっていないのか、大人の事情があるのか知らないが、触れられていない。これがあれば本書はもっと面白いものとなり、また、一部の人にとっては我慢ならないものとなっただろう。
・ネーミングは過激だが内容は納得 評価:
ずいぶん昔のことだが、夜中に公有施設の隣が火事になり、消火作業のため消防が入ろうとしたとき守衛が拒んだため、消火作業が遅れた記事をみた。翌日、首長(知事?市長?)が 「その守衛を首にしろ!」と激怒したことが、またもや記事になった。
これと同じことが現在の日本で横行している。
「コンプライアンスとは組織が社会的要請に適応すること」と著者は言っている。英和辞典でも「要求に従うこと」が原意なのだが、ほとんどの日本人は「法令遵守」と理解している。
昨今「不祥事」が発覚すると、トップは「今後はコンプライアンスを最優先し、二度とこのような不祥事は起こしません」と「謝罪」する。よって、「法令に従うこと」のみ重視され、極端に言えば「法令に違反さえしなければどのような不都合なことが起こっても許される=法令に違反してないのだから何が起ころうと私に責任はない」と開き直られる。
このような言動が「法の精神」に著しく反するものであることは明らかだろう。
著者は解決策として「フルセットコンプライアンス」を提唱している。「社会的要請からの方針設定」「そのための組織体制の構築」「組織全体を方針実現にむかわせること」「逸脱行為に対する原因究明と再発防止」「法令と実態が乖離しないよう環境を改善すること」である。
現在の「名ばかりのコンプライアンスを真に意味あるものにするため」には、特に第5番目が重要なのは自明である。この中には「一端作られたらまず廃棄されない法令の棚卸し」も当然含まれる。
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